Particle-PLUS コラム - プラズマモデリング(連載) - 第10回

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ウェーブフロントでは「粒子法」でプラズマをモデル化したシミュレーションソフトウェア『Particle-PLUS』や 「流体法」のプラズマシミュレーションソフトウェア『VizGlow』を取り扱っており, これらを適宜使い分けながら皆様方へ長年ソリューションを提供しております. 本コラムを読んでプラズマシミュレーションに少しでも興味をお持ちになりましたら 資料請求無料セミナーなど承りますので, いつでもお気軽にお問い合わせください.

前回は輸送パラメータを決定する際に重要な物理量である 運動量移行断面積衝突周波数 について考えました. 今回は,実際に輸送パラメータを決定する方法論について2つの手法を紹介します.

3.4. 局所分布関数を仮定する方法 Assuming local distribution function

衝突周波数を含む輸送パラメータを決定するための手段の一つは,局所的な速度分布関数 $f_{s}$ の具体的な表式を仮定してしまい, 事前に準備した断面積 $\sigma_{ss^{\prime}}$ を解析的または数値的に直接積分してしまうことです.

このときに参照する断面積については,例えばRutheford散乱であればモデル化により理論的な断面積の表式を求めることができますが, 実際のプラズマ中の反応は複雑であり,全ての散乱経路を網羅して解析計算を行うのは現実的ではありません. したがって,一般的にはエネルギー(または温度など)の関数としての断面積のデータテーブルを探してくることになると思われます. もちろん,このときの速度分布関数は粒子法シミュレーションなどから得られた離散的なデータでも構いません.

上述の手続きを行うことで,各種散乱項や衝突周波数のエネルギー(または温度など)依存性を示したデータテーブルを準備できます. 移動度および拡散係数は,その定義より運動量移行衝突周波数から求められます (2.4.1節/式(4)参照).

通常仮定される速度分布関数としてはMaxwell分布やDruyvesteyn分布が用いられます. ただし,一般的に低温プラズマ中の粒子は熱平衡からはほど遠く,この仮定の信頼性は低いことも事実です.

ちなみに,Maxwell分布ないし類似の分布関数を仮定する近似法は 疑似熱平衡近似(疑似熱平衡モデル;Quasi Thermal Equilibrium model; QTE model)と呼ばれます.

3.5. 局所電界近似 Local field approximation

輸送パラメータを決定する方法として広く使われている手法として, 局所電界近似(local field approximation; LFA)と呼ばれる方法があります*1

この近似では,局所的な電場により荷電粒子(の速度分布)が瞬時に局所平衡状態に達する, すなわち電場から得るエネルギーと粒子間衝突により失うエネルギーが瞬時に釣り合うことを仮定して, 局所的・瞬間的な換算電場 $\vec{E}/n_{s^{\prime}}$ のみに依存するデータとして各種輸送パラメータを決定できると考えます.

なお,局所電界近似では局所電場の大きさをそのまま荷電粒子のエネルギー分布と関係付けるため, Poisson方程式などの電場の方程式とエネルギー方程式はどちらか一方を解くだけで良くなります. (エネルギー方程式を解くことにした場合は, 輸送パラメータは換算電場ではなくエネルギー(または温度など)に依存する物理量として表されます.)

局所電界近似により各種輸送パラメータを求める数学的手法は, 典型的には二項近似*2の下でBoltzmann方程式を解くことになるのですが,本資料ではその手法の詳細は論じません*3. なお,Boltzmann方程式を解くためには結局断面積データが必要となります.


次に,局所電界近似の妥当性について考えておきましょう.

先ほど説明した通り,局所電界近似では十分素早く局所平衡状態に達すること, すなわち局所電場の変化に伴う熱的・エネルギー的な緩和の遅れが小さいことを仮定していました. 言い換えると, 粒子間衝突によるエネルギー緩和の時間スケール(およそエネルギーを緩和できる散乱の平均自由時間と同程度のオーダー)が, 荷電粒子が電場からエネルギーを獲得する時間スケールよりも十分小さければ良いということです*4

電子の場合,質量が大きく異なる背景ガスやイオンとは弾性散乱によるエネルギー緩和が期待できませんので, 電離や励起といった非弾性散乱の平均自由時間が重要になります.
分子性ガス放電であれば低エネルギー領域でも振動励起や電子励起などの非弾性衝突がありますので, エネルギー緩和時間が十分小さいことも多く局所電界近似が有効となりやすいです.
一方,希ガス放電では低エネルギー領域において非弾性衝突は起きないのでエネルギー緩和がなかなか進まず, 局所電界近似の誤差が大きくなります.
イオンについては背景ガス種との質量差が小さいため,弾性衝突でも十分エネルギー緩和します. したがって,局所電界近似で十分な場合が多いです.

なお,電場の勾配が大きいときには明らかに局所電界近似は不適切な近似となります. (空間的な勾配はもちろんですが,時間的な勾配が大きくても直流電場と見做せなくなりますので, 例えばRF放電のシース中の近似としては望ましくありません.)


最後に,ドリフト拡散モデル(2.4節参照) における局所電界近似について考えましょう.

ドリフト拡散モデルにおいて, ドリフト速度 $\vec{v}_{\mathrm{d} s}\equiv\mu_{s}\vec{E}$ や平均エネルギー $\langle\varepsilon_{s}\rangle$ についても 換算電場 $\vec{E}/n_{s^{\prime}}$ に依存する輸送パラメータとして扱う方法もあます. この場合に解かれる方程式系は, \begin{align} & \frac{\partial n_{s}}{\partial t}+\nabla\cdot\vec{\varGamma}_{s}=S_{s} \label{eq_DD_model_LFA_eq1} \\ & \vec{\varGamma}_{s} = n_{s}\vec{v}_{\mathrm{d} s} - \nabla \left(D_{s}n_{s}\right) + \left(\sum_{s^{\prime}\neq s} \tilde{m}_{ss^{\prime}}{\nu_{\mathrm{m}}}_{ss^{\prime}}\right)^{-1} \left(\sum_{s^{\prime}\neq s} \tilde{m}_{ss^{\prime}}{\nu_{\mathrm{m}}}_{ss^{\prime}}\vec{u}_{s^{\prime}}\right) n_{s} \label{eq_DD_model_LFA_eq2} \end{align} ということになります.

この方程式系は,次の物理量のデータテーブルを事前に準備することで解くことができます.

  • ドリフト速度 $\vec{v}_{\mathrm{d} s}$
  • 移動度 $\mu_{s}$
  • 拡散係数 $D_{s}$
  • 運動量移行衝突周波数 $\nu_{\mathrm{m}ss^{\prime}}$
  • ソース項に関わる衝突周波数


なお,$\vec{v}_{\mathrm{d} s}$,$\mu_{s}$,$D_{s}$,$\nu_{\mathrm{m}ss^{\prime}}$ は互いに関連する量ですので,準備するデータテーブルはいずれか一つでも構いません.)



*1 筆者が理学畑の人間であるため局所"電場"近似と書きたくなるのですが,LFAの和訳としてはほとんど見当たりません. 局所電場 という用語は広く使われているのですが…

*2 分布関数 $f_{s}$ がほとんど等方的であり,速度の等方成分 $f^{\ast}_{s}$ (通常Maxwell分布を仮定)と微小な非等方成分 $\overline{f^{\ast}_{s}}(\ll f^{\ast}_{s})$ の和 $f_{s} \simeq f^{\ast}_{s}+(\overline{v^{\ast}}/|\vec{v}|)\overline{f^{\ast}_{s}}$ のように表せるとする近似です. ここで,$\overline{v^{\ast}}$ は速度の非等方方向成分です. 分布関数がほとんど等方的であるためには, 2.1節でMaxwell分布の意味を考えた際と同じように, 同一粒子種間の弾性散乱による熱化が電場の影響や非弾性散乱によるエネルギー変化と比べて速く支配的でなければなりません.

*3 低温プラズマの流体シミュレーション用途で良く使われるBoltzmann方程式の解法としては,二項近似の他にモンテカルロ法があります. モンテカルロ法は数値的な厳密解法であり,電場が大きい場合などの二項近似が破れる条件下でも利用可能ですが, その反面で計算負荷が非常に大きいというデメリットがあります.

*4 速度の熱化の時間スケールについても (ドリフト速度の時間変化などの)プラズマのマクロな現象の時間スケールよりも小さくなければいけませんが, 速度の熱化は弾性散乱によっても起きるため,エネルギーの緩和よりも条件が緩いと言えます.

第10回まとめ

第10回では輸送パラメータを決定する2つの手法を紹介しました.

これまでのコラムの内容と合わせると, 低温プラズマの挙動を流体モデルを用いて解析するために必要な(理論的な方面の)最低限のピースが揃ったかと思います.
後は流体方程式系を直接特にしろ ドリフト拡散モデルで近似するにしろ, 数値計算のテクニックを学べばご自身でもプラズマ解析コードを開発できるでしょう. しかしながら,実際に流体コードを作って収束解を得ることは簡単ではありません. コーディングする時間がなかったり,コードが欠けても数値的な不安定性に悩まされたり, 最適な境界条件が分からなかったり,… etc. おそらく実際にプラズマ解析を行おうとすると,様々な壁にぶつかると思います.

そんな時にはぜひともウェーブフロントを頼ってみてください. あなたに最適な 実績が豊富で使いやすいプラズマ解析ソフトウェアパッケージをご紹介いたします.

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著者プロフィール
  上野 崚一郎 | 博士(理学)
1991年 広島県生まれ
2019年 ウェーブフロント入社
2019年 広島大学大学院理学研究科 博士後期課程修了

学生時代は数値シミュレーションを使った素粒子論(格子ゲージ理論)の研究に従事. 入社後は,専門職(エンジニア)としてプラズマ解析ソフトウェアの開発をはじめとして, 解析コンサルティング業務や国内外のユーザー向けの技術サポート・トレーニングなどを担当.

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