Particle-PLUS コラム - プラズマモデリング(連載) - 第6回

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前回・前々回と,プラズマの流体方程式の応力および熱流束を決定するための近似モデルの一つである「準熱平衡近似」について解説しました. 今回は,他の近似モデルを2つ(「等温過程モデル」と「断熱過程モデル」)紹介します.

2.2. 等温過程モデルIsothermal model

エネルギー方程式 \begin{align} \frac{\partial}{\partial t}\left(n_{s}\varepsilon_{s}+\theta_{s}\right) + \nabla \cdot \left\{ \left(n_{s}\varepsilon_{s}+\theta_{s}\right)\vec{u}_{s}+\left(\vec{u}_{s}\cdot{\bf{P}}_{s}\right)+\vec{Q}_{s} \right\} = q_{s} n_{s} \left(\vec{u}_{s}\cdot\vec{E}\right) + H_{s} \label{eq_fluid_eq3} \end{align} において,熱流束 $\vec{Q}_{s}$ が他の項よりも十分大きく, 粒子群の運動によりプラズマの温度分布が瞬時に均一化されるという等温過程モデルを考えることができます. この場合,エネルギー方程式(\ref{eq_fluid_eq3})を解かない代わりに,プラズマが等温流体である,即ち応力 ${\bf{P}}$ が密度 $n_{s}$ だけの関数として \begin{align} {\bf{P}}_{s}={\bf{C}}n_{s} \qquad \text{(${\bf{C}}$ は定数)} \end{align} のように書けると考えます.

[プラズマの流体方程式(等温過程モデル)] \begin{align} & \frac{\partial n_{s}}{\partial t} + \vec{\nabla}\cdot\vec{\varGamma}_{s} = S_{s} \\ & \frac{\partial}{\partial t}\left(\rho_{s}\vec{u}_{s}\right) + \nabla \cdot \left\{ \rho_{s}\left(\vec{u}_{s}\otimes\vec{u}_{s}\right) \right\} = q_{s} n_{s} \left(\vec{E}+\vec{u}_{s}\times\vec{B}\right) - {\bf{C}}\left(\nabla \cdot n_{s}\right) + \vec{K}_{s} \end{align}

等温過程モデルの最大のメリットは,エネルギー方程式を解かない分だけ計算負荷を軽減できることです. 一方で,エネルギー方程式を解かないために内部エネルギーの変化が考慮されず, 流体の圧縮性といった熱力学的な振る舞いを厳密に考慮できないことがデメリットとして挙げられます.

さらに,応力 ${\bf{P}}_{s}$ の初期値を正しく与えることが重要ですが,実用上それを如何に決定するかを慎重に考慮しなければなりません. 実用上は応力の等方性を仮定したり,理想気体の状態方程式が成り立つと考えることが多いようです.

2.3. 断熱過程モデルAdiabatic model

断熱過程モデルは第2.1項の準熱平衡近似の時と同じように $\vec{Q}_{s}=0$ を課すモデルです*1. このときの状態方程式は断熱過程における理想気体の熱力学的関係式であるPoissonの法則より, \begin{align} {\bf{P}}_{s}={\bf{C}}n_{s}^{\gamma} \qquad \text{(${\bf{C}}$ は定数)} \label{eq_poisson_law} \end{align} を仮定します. ここで,$\gamma$ は比熱比(低圧比熱と定積比熱の比)と呼ばれる量で,分子の運動の自由度を $d$ とすると $\gamma=(d+2)/d$ です. ただし,第2.1項でも述べたように回転運動と振動運動の内部エネルギーについてはエネルギー交換項で考慮することにすると, 流体方程式中では並進運動の自由度のみを考えれば良いので $d=3$ ($\gamma=5/3$)です. 式(\ref{eq_poisson_law})から定数 ${\bf{C}}$ を除去するために,両辺を空間微分した後に逆元を作用すると, \begin{align} \left(\nabla\cdot{\bf{P}}_{s}\right)\cdot{\bf{P}}_{s}^{-1} = \gamma\frac{\nabla n_{s}}{n_{s}} \qquad \text{(${\bf{P}}_{s}^{-1}$ は ${\bf{P}}_{s}$ の逆元)} \label{eq_poisson_law_2} \end{align} という関係式が導けます. 以上より,連続方程式と運動量方程式に式(\ref{eq_poisson_law_2})を加えることで閉じた方程式系が得られるため, エネルギー方程式を解くことなくプラズマを流体として記述できるようになります.

[プラズマの流体方程式(断熱過程モデル)] \begin{align} & \frac{\partial n_{s}}{\partial t} + \vec{\nabla}\cdot\vec{\varGamma}_{s} = S_{s} \\ & \frac{\partial}{\partial t}\left(\rho_{s}\vec{u}_{s}\right) + \nabla \cdot \left\{ \rho_{s}\left(\vec{u}_{s}\otimes\vec{u}_{s}\right) \right\} = q_{s} n_{s} \left(\vec{E}+\vec{u}_{s}\times\vec{B}\right) - \nabla \cdot {\bf{P}}_{s} + \vec{K}_{s} \\ & \left(\nabla\cdot{\bf{P}}_{s}\right)\cdot{\bf{P}}_{s}^{-1} = \gamma\frac{\nabla n_{s}}{n_{s}} \end{align}


なお,等温過程モデルと同じように実用上は応力の等方性を仮定することが多いようです.



*1 断熱過程モデルは条件として意図的に $\vec{Q}_{s}=0$ を課しますが, 準熱平衡近似(等熱過程モデルとも言えるでしょう)においてこの条件は自然に導かれたものでした. ここでは,両モデルの違いについて考察しましょう.
準熱平衡近似ではエネルギー方程式を解いて応力を求めますが, 断熱過程モデルでは連続方程式の解である $n_{s}$ と状態方程式(\ref{eq_poisson_law_2})から応力を計算します. つまり,準熱平衡近似におけるプラズマ流体は周囲の流体要素とエネルギー交換する (=内部エネルギーが時間的に変化する)ことを許容していますが,断熱モデルではそれを想定していないのです. したがって,準熱平衡近似は,状態の時間変化が遅く温度が平衡状態を保つ(速度分布の等方性が成り立つ)場合に有効であり, 対して断熱過程モデルはエネルギーの伝播に対して状態の時間変化が素早い場合に有効であると考えられます.

第6回まとめ

第6回では,プラズマの流体方程式系を解くための近似モデルとして「等温過程モデル」と「断熱過程モデル」を紹介しました. その前に紹介した「準熱平衡近似」と合わせると3種類の熱力学的な近似方法を解説したことになります. 一方で,熱力学的な理想過程に基づくモデル化ではなく,流体の運動をマクロな輸送現象と捉えて近似を行う「ドリフト拡散近似」という方法も良く用いられます. そこで,次回からはドリフト拡散近似について解説してみたいと思います.

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著者プロフィール
  上野 崚一郎 | 博士(理学)
1991年 広島県生まれ
2019年 ウェーブフロント入社
2019年 広島大学大学院理学研究科 博士後期課程修了

学生時代は数値シミュレーションを使った素粒子論(格子ゲージ理論)の研究に従事. 入社後は,専門職(エンジニア)としてプラズマ解析ソフトウェアの開発をはじめとして, 解析コンサルティング業務や国内外のユーザー向けの技術サポート・トレーニングなどを担当.

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